妹尾 裕介  【Series2】『FUKU-GYO-LIFE』って、何? 小さな一歩に大きな夢

 吉野川の北岸を走る道路沿いにこぢんまりとした二階建ての建物がある。控えめな看板に『awake!』と書かれているので、会社か何かだろうか。昼頃からは車が何台か停まり、人の出入りも頻繁だ。オフィス街でも工業団地でもない片田舎の県道沿いに、夕方ともなればけっこうな数の若い人たちが三々五々集まって来る。少々不思議な光景だ。しかし地元の人たちはよく承知しているようで、

「あれは妹尾くんがなんかしよるんだろ」

「若い子が、ようけ来よるわ」

「この間の『シャボン玉おじさん』のお祭りは、あの子らが運営しとったな。ここら中の大人も子どももみんな行っとったでよ」

「妹尾くん、この間の新聞に写真入りで載っとったな」

といった具合に、それぞれの「妹尾くん情報」を引き出して納得しているようだ。

 『awake!』は『FUKU-GYO-LIFE』という妹尾裕介の会社が運営するコワーキングスペースである。オープンは2021年10月、コロナ禍まっただ中だ。外出が制限されてリモートワークも増えたこの時期、コワーキングスペースはちょっとしたブームとなった。しかし通常の施設と違って、利便性の高い場所にあるわけでもなければ、ハイクオリティーな設備が完備されているわけでもない。スタート時の会員は10人ほど、しかも顔見知りで、内装も皆で手伝って、文字通りDo It Yourself で自分たちが使いやすい空間を作っていったのだ。

「勇気ある若者の拠点
 一歩踏み出すはじまりの場」

 裕介が掲げるawake!の位置づけだ。現在の仕事や今の自分に漠然とした不安や不満を抱え、何か違うものを探している人が、そこから歩き始められる「ゆりかご」施設なのだという。

 始めたい何か、探したい何かがあっても、どこから始めていいのか、どうすればいいのか、分からないことのほうが多い。「独立」や「起業」を口にすれば、親や周囲の人に、まず反対される。かといって現状に不満があるままでは、毎日がつまらなく過ぎていく。

 裕介は自分が歩いてきた道と、そこで出会った多くの若者たちを振り返ったとき、自分に自信をもって楽しく生きて行くには、仕事のあり方がとても大事だと確信するに至った。

 日々の暮らしの中で「仕事」が占める時間は長く、人は仕事を通じて社会とつながっている。「やらされ感」から脱出し、自分の強みを活かし、自分の意思と判断で仕事に向き合えるとき、仕事のおもしろさや達成感を自分のものにできる。

「若者の仕事を充実させること」

 それは一人の若者が胸を張って生きるためのキーワードであり、充実した仕事と楽しい日常があってこそ、地域社会は活性化する。

 そこで彼は「複業」を提案するのだ。

「だれもが自信や資金的裏付けがあって起業するわけじゃない。不安があるのは当たり前。家族も、今の安定した生活も犠牲にしたくない、そんな中途半端な決意しかなくても、だからといって夢をあきらめなくてもいいじゃないか。本業はきっちり務めながら、『複業』として自分の新たな可能性を探しに行こう」

 FUKU-GYOはサイドビジネスの「副業」ではなく「複業」、自分の個性や強みを活かした多様な働き方を指向する、自分探しの旅なのだ。

 というほどに、awake!はギラギラとしたPRはせず、むしろ受け身でオフィスの門戸を開いている。

 awake!に入ると部屋の中心にワークデスクが並び、メンバーが思い思いに作業をしている。入口側の奥には膝ほどの高さの畳コーナーがあり、寛いでいる者もいれば、会話を楽しむ姿もある。奥には広めの個室があり、毎週のように何かのイベントが開催されている。


 オープンから2年が経過した2023年10月には、会員数も50人を超え、起業を模索する会員の情報交換やよろず相談、よちよち歩きのフリーランスのための事業紹介やアドバイスから地元企業とのマッチングまでカバー領域も広がっていった。

 会員は「いつの間にか増えた」という感じだった。ホームページやSNSでの発信のほか、新聞で紹介されるなど、認知度が徐々に上がっていったこともあるが、多くは口コミによるもので、夢をあきらめない者たちの友人の輪が広がっていったような形だった。

 ホスト役は4人の中心メンバーが曜日毎に交代で担当している。それぞれ担当者の人柄に馴染んで通ってくる会員もいるようだ。新会員の紹介やイベント情報はSNSで日々発信し、講習会は起業の基礎知識からマーケティング、経理や税務、プレッシャー対策など多岐にわたる。美味しい珈琲を淹れての交流会など楽しいイベントも多い。

 学校への出前授業も好評だ。地元の阿波高等学校、脇町中学校からは毎年招待され、彼等のチャレンジを披露している。自信がもてずに暗い顔をしていた彼等が、自分らしい働き方を求めて、新境地を切り拓いてきた体験談だ。

「私は周りの人にどう思われているかが気になって、ずっと人間関係に悩んできました」

「僕は皆さんの年齢のとき、『陰キャ』そのものでした」

「私はがむしゃらに勉強して教師になれたのに、中学生にもなった生徒に自分で物事を決めるのを許しませんでした。こちらで決めたことに従わせようとしていました」

 そんな彼等の生々しい体験から、自分の心に正直に生きようとあがいてきた足取りが語られる。登壇する仲間たちは、本当に自分がやりたいこと、ありたい自分の姿を探して、何度も失敗しながら、今のMy Jobを見いだした。周囲の目から少しずつ自分の心を解き放していったとき見えてきた新しい世界、『陰キャ』から滑舌さわやかな『陽キャ』へと変遷したBefore Afterの本人の顔写真、子ども自身の力を信じて開設したフリースクール、「皆さんより先に生きてきた一人の大人として」、しくじり先輩の七転び八起きの道のりを、これから大人になっていくティーンエージャーに語っていた。

 裕介はある意識調査のデータを示しながら生徒たちに問いかけた。

「皆さんは大人を見ていて、楽しそうに仕事をしていると思いますか? これは中高生の意識調査ですが、早く大人になりたがらない子が6割くらいなのは、数十年変わっていません。でも、40年前の中高生は、『今が楽しいから、早く大人になりたくはない』と思っていました。それから20年、さらに20年とたって、『大人になりたくない』理由が変わっていきます」

 裕介が生まれたのは1990年。バブル崩壊の年だ。それから日本は自信を失っていったといわれるが、周囲の不機嫌そうな大人を見て育ち、大人になったときには就職氷河期は慢性化していて、仕事に就いてからは「守りに入っている」先輩たちに囲まれた。目の前にいる中高生は、どんな目で大人たちを見ているのだろうか? 子どもたちに何かを語るには、自分たちの姿勢が問われるのではないか。

「大人を見ていて、楽しそうに仕事をしていると思いますか? 周りの大人が辛気臭い顔をしとったら、将来に期待がもてないですよね。『大人が楽しそうだから、早く大人になりたい』と思えるような、そんな社会を作りたい。それが僕の目標です。awake!は、仕事にやりがいや楽しさを感じられる、そんな生き方を求める若者の拠点です。さまざまな活動を情報発信しているので、興味のある人は、覗いてみてください」

 うつむきがちだった10代の自分と向き合うように、裕介は語りかける。彼等の出前授業は好評で、awake!の会員にとっても自分を振り返り、自己表現する第一関門となっている。

 このような小さな取り組みの数々を経て、複業からフリーランスへ転身したメンバーも少なくない。3年目の今は、会員に占める「フリーランス」「複業・兼業」「手探り中」がそれぞれ同じぐらいの比率で、各段階に特化したサポート体制も検討されている。

 ある青年は音楽教師の仕事を楽しんでいたが、もっとさまざまな人と、もっと自由に音楽を楽しみたくて独立の道を選んだ。

 awake!で仲間ができ、仲間に刺激を受け、自分の好きなことにもっと正直に生きていってもいいんだと思えたのだという。

 DIYのミュージックスタジオがまもなくオープンする。初心者向けの音楽教室から、セミプロのリハーサル、友達バンドの再結成など、音楽を愛する仲間が世代を超えて集まる自由な空間がイメージされている。音楽を教えるノウハウに加えて、好きでやっていた音響技術も強みになりそうだ。

 また、会員に連れられて、特に期待もせずに覗いてみただけの女性が、今は中心メンバーの一人となっている。彼女は人からの評価を過度に気にするところがあり、身構える姿勢が初対面の人との間でバリアになることもあったが、自分で営業も商談もしなければいけないフリーランスはコミュニケーション力が要求される。

 「人が自分をどう評価するか」以前に、相手の意図や事情を汲み取り、期待に応える仕事ができて、その仕事で評価が決まるのがプロの世界だ。

 会社組織の中で指示に従っていただけでは味わえない、厳しさとおもしろさの両面がある。awake!の仲間が仕事を紹介してくれただけでなく、フリーランスとしてのアドバイスもしてくれたとき、それを素直に受け入れて成長していく自分がいた。

 やがて「人目」に向けていたバリアが少しずつ溶けていき、『次世代観光大使』の一候補者として壇上に立ち、中高生への出前授業でも心に鎧をつけていた過去を語るまでになった。そして仕事の依頼も増えている。

 こんなふうに、awake!に集う仲間たちには、一人一人に孵化のストーリーがあるようだ。

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bcj-tokushima
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