森本 博通  【Series1】障害者雇用に逆転の発想-ひろみちの挑戦

「今日はツイてるかも」

 予定した10人の候補者が誰一人遅れることなく、この会場でスタンバイしている。鬱の波にさらされている彼らは、どっぷり波をかぶったときには外に出ること、それ自体ができない。そんな彼らが今日はみんなそろって波の上にいるのだから、ラッキーだ。

「なに、ソワソワしとん?」

 落ち着き払った三河綾乃が軽口を飛ばす。三河は今日の司会役。軽妙な場の回し方は安心感があるだけでなく、ひろみちのフォローもしてくれる。

「ほんま、僕、子どものときから落ち着きがないんよ」

「知っとる」

「ほこが、可愛らしいところだろ」

 2人の掛け合いに場の空気が緩んできた。

 『障害者雇用PRプレゼン大会』と銘打った今回の企画は、逆転の発想から生まれた。ひろみちはそれを「偉業」と言い切る。就職活動と言えば、企業説明会に就職希望者が参加するのが定石だろう。「私どもの会社は75年の歴史を持ち」「会社のモットーはお客様に喜ばれる…」。長々と続く企業紹介の後に、参加者は企業のブースで個別に話を聞くことになる。しかし、今回の応募者は障がい者だ。どこかしら、全体に合わせられない側面を持っている。そして合わせられない事情や中身は、一人一人違っている。おまけに障害と能力はあまりリンクしないのだ。だから、探し方を逆にした。個々人の能力と障害の内容を詳しく知ってもらうことで、企業が仕事を任せられる可能性を判断することになる。人物を知り、人物に合わせた雇用をピックアップするのである。そのため候補者は自己PRと同時に、苦手なことや苦痛に感じることもしっかり伝えるマイナスPRも大事なのだ。

 会場で登壇の順番を確認する候補者一人一人にひろみちが声をかける。

「かおりさん、調子はどうで?」

「任しといて。今日は起きとうけん、大丈夫」

 そう、彼女は今、起きている。過眠症というやっかいな病気を抱えている彼女は、いったん眠りにつくといつまでも眠り続け、長いときでは数日間起きてこない。社会人に求められる基本条件が「時間に正確なこと」という世の中では、最初から彼女に門戸は開いていない。そんな彼女は一推し候補者の一人だ。かおりの描くイラストは愛らしく、ちょっとお茶目で、何より相手の意図を汲み取って瞬く間に形を作り出していく。今日のためにプレゼン資料の準備も万全だ。まだ少し表情は硬いが、ひろみちの茶化しにリアクションする余裕はある。

 ぽつりぽつりと企業の担当者も集まってきた。ふと見ると、杉林隆平が前屈みにお腹を抱えている。さっきまで涼しい顔をしていたが、本番が迫る空気を感じたようだ。

「ほら、誰でも緊張するわ。壇上に立つんが無理だったら、ブースで話してもええけんな」

 ひろみちはどちらでも自分がやりやすいスタイルで話すように促した。立派なプレゼンをしなくてもいい、ありのままの自分で、できること、できないこと、想いや意欲を伝えることができたら、そのほうがずっといい。

 逃げ道を用意したことで、隆平に余裕が生まれたようだった。

「もういける。動悸も腹痛も治まった。これ、内緒にしといてよ」

 隆平が笑うと、目元が涼しい。

さあ、そろそろ時間だ。

 令和4年9月2日、地域コンサル助っ人プロデュース『障害者雇用PRプレゼン大会』第1回マッチングイベント、プレゼンターは障がい者10名、参加企業・人事担当者18名、今までにない障害者雇用のアプローチが、徳島で、たった一人のコンサル会社の奔走で、世にも楽しいヒューマンストーリープレゼンテーションとしてスタートを切った。

 壇上でマイクを持った隆平に緊張の影は消えていた。各自の持ち時間は15分程度、その中で自分の弱みと強みの両方をPRする。

「私の手帳の種類は、精神障害者保健福祉手帳3級です。中学生のときから精神疾患を患っていて、いったんは寛解したのですが、症状が再発したので、将来的な働き方を考えたときに、障害者雇用として受け入れてもらったほうが働きやすいのではないかと思い、手帳を取得しました」

 彼は自分の障害を一つの事実として、淡々と話し始めた。

 このプレゼンは、冒頭で自分の障害について伝え、その前提の上に、得意、不得意を含めた自己をPRするというデザインになっている。「まずは『人』を知ってもらうことが、障がい者に対する思い込みや偏見を捨ててもらえる一番いい方法」と熱く語るひろみちに心動かされた人たちが、プレゼンターとして、あるいは採用者として、この会場に参加しているのだ。取り繕った自己PRではない。

 壇上に広げた模造紙には、隆平が取得した国家資格が一覧に記されている。「保育士資格」「簿記検定3級」「珠算検定初級」「パソコン検定」「日本オセロ選手権出場」……。

「今まで自分はダメな人間だと思うこともありましたが、書き出した資格一覧を見て、頑張ってきた自分を振り返ることができました。まだまだ、やれる。事務作業や計算は得意です。頭を使うことは、けっこう得意というか、楽しいです」

と、自分の言葉に思わず照れ笑いを浮かべると、すかさずひろみちが突っ込んだ。

「ほこ、照れんでもいいところ。プレゼンやけん、自己PRやけん」

 会場からも軽い笑いと温かい眼差しがプレゼンターに向けられた。

「苦手なことは、急かされること。きつい言い方で注意されるのも辛いです。気持ちがこわばってしまって、なんもできんようになることもあります。やんわりと、『何時までに仕上げて』とか、『こっちを先にして』とか、具体的に伝えてほしいです」

 今度は三河が口を挟んだ。

「みんなと同じですね。私もそうだから」

 会場を見渡すと、何人か頷いている。

 メンタルな障害はグレーゾーンが多く、障害の内容を人に説明するのは容易なことではない。そもそもどんな障害なのか、何がほかの人たちと違っているのか、自分自身でも分かっているわけではない。そんな漠然とした「障害」を説明するには、まず自分と向き合い、自己分析から始めなければならなかった。マイナスの要素を見つめるのだから、気が滅入ることもあった。

「何が、どう、障害なのか」

「どう説明したらいい?」

「こんなこと言ったらバカにされる?」 

 彼らに向けられる社会からのマイナス評価が妄想となってのしかかり、プレゼン準備の1ヶ月余り、彼らはもがき苦しんだ。それでも向き合えたのは、ひろみちの役割が大きかったのだろう。役割と言っても、特別に何かをしたとか、気の利いたことを言ったわけではないのだが、彼の存在がどこか妙薬だった。

 隆平のプレゼンは誠実な人柄と物事に丁寧に取り組む姿勢がにじみ出ていたようで、話もわかりやすかったと好評だった。

「企業の人事担当者の方から、めちゃめちゃ演説が上手だ、と言ってもらえた」と、また一歩自信につながったようだった。

 続いて、かおりがビジュアルで勝負をかけた。数々の作品をスライドで紹介する。どれも自信作だ。会場の目がスライドに集まる。イラストはかわいいだけでなく、透明感というか、不思議なワールドに誘い込まれるような魅力がある。これらの作品を生み出す女性は、十年来の鬱に悩み、精神障害者3級の手帳を取得したものの、事業所への勤務もままならず、生活保護頼りの生活を送ってきたのだった。

「どうやら私の場合、鬱の複合型らしく、躁鬱と診断されています。それと過眠症。眠りにリズムがあるのかさえ分かりません。目が覚めたら三日とか五日とか過ぎています。これではとても毎日の勤務ができないので、働くのは諦めていました。でも、イラストを描くのは好きで、目覚めた時間から私の一日は始まります。気分がいいと勝手に手が動くように絵柄が生まれてきます。描いているときは楽しいです。発症前は会社勤めもしていたのですが、締め切りに追われたり、途中で注文をつけられたりすると、手が止まってしまって、イラストが形にならない。自分はダメなんだと、どんどん自分を追い込んでしまって、会社に行けなくなりました」

 かおりは25歳のときに手帳を取得、それからB型事業所に籍を置くが、ほとんど通うことができなかった。

「1年間で数千円の工賃にしかなりませんでした」

 そんな彼女の閉じこもりがちな心に風穴を開けたのは、ひろみちだった。

「このイラスト、ごっついエエよ。僕、障がい者専用の求人情報誌つくるけん、手伝うて」

 彼の明るい口車に乗って、イラストレーターとしての再出発が始まったのである。

 ひろみちは行く先々で「助っ人」の活動を宣伝し、彼女のイラストも見せてまわった。そしてまた一つ、また一つと、かおりにイラストを依頼した。

 彼女の描く世界は、描くというよりも、指先からキャラクターや造形、色彩が這い出してくるようだった。ひろみちはときどき思うことがある。

「あの子の睡眠は創造の土を耕している時間なのではないか。たっぷりの時間をかけて潤った土は、目覚めたときに、小さい種が落ちてくると、ふんわり包み込んで、瞬く間に芽が出て、伸びて、花が咲く」

 そして今日、この場で、多くの人に彼女のアートな世界を見てもらえることがひろみちには誇らしかった。

 このころ世間はコロナで人の流れが一変し、リモートワークも広がっていった。

「リモートだと自分の時間で仕事ができるんです。私にも合う働き方があるかもって、希望が持てました」

 かおりは壇上で三河に促されて、即興でイラストを描いてみせた。流れるように進むペン先は、踊っているようだった。

 この日登壇したプレゼンターは、思い思いに夢を語り、三河とひろみちの掛け合いで軽やかなムードに終始し、素の自分を出せたと言う。

 参加企業との交流も主催者の心配をよそに、緊張した様子もなく、率直な会話になっているようだった。

「今までいろいろな障害者雇用イベントに参加しましたが、今日のような会は初めてです。本当に知りたかったことは、こういうことだったのかと、ビックリしました」

と、最大級のお褒めの言葉もいただけた。

「障がい者というイメージを大きく覆す内容でした」

とまで言ってもらえたのだから、ひろみちの思惑は大当たりだったと言える。超ラッキーな一日となった。

 翌朝、徳島新聞に写真付きで記事が掲載された。

「新聞、見たでよ」

「森本さん、ごついな」

「やったね、サイコー」

 知人、友人からメールが届く。そして登壇者2人が正式に採用された。就職が決まった2人は、自分で切り開いた道を歩み始めることになった。そして今回採用に至らなかったメンバーにとっても、面識もない30人の前でプレゼンをやりきった達成感は大きく、また、2人の就職は彼らに働くチャンスがあることを証明してくれるものとなった。

 この後、参加企業も少しずつ増えていき、障がい者と企業のマッチングイベントは定着していくこととなる。初回のプレゼン大会、地域コンサル助っ人、設立から4年目の秋だった。

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